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大阪地方裁判所 昭和37年(む)249号 決定

主文

本件保釈取消の請求を棄却する。

理由

検察官の保釈取消請求の理由は被告人には刑事訴訟法第九六条第一項第四号に該当する事由があるというのである。

検察官提出の資料によれば被告人島本禎一が昭和三七年八月二〇日午後四時頃「犬猫医者にも成り損いの川口助平こと川口不正一の人非人醜態」と題し相被告人川口祐弘を誹謗する内容のビラを右川口方自宅及びその周辺の民家二六戸に配布したこと及び同年八月二一日ごろから同月三〇日ごろまでの間数回被告人島本自身或は妻アヤ鈴木ヒーローなる男をして、右川口方に脅迫的な電話をかけたことを認めることができる。

そして右の事実は一応形式的には刑事訴訟法第九六条第一項第四号に該当する。しかし同条第一項各号に該当する場合においても保釈を取消すかどうかは裁判所の裁量によるべく、そして右裁量の基準としては勾留が事件の審理の必要のために認められるものであることに鑑み、保釈の取消がその事件の審理のために必要であるかどうかによつて決すべきものである。

ひるがえつて被告人島本に対する本件恐喝被告事件の審理経過をみるに、当裁判所は既に事実関係に関する証人、供述調書、自供調書等の証拠調を終り九月二四日を以て弁護人からの被告人等への尋問を終了し今後事実関係に関する審理としては裁判所から被告人等に対する若干の補充的尋問を予定しているに過ぎない。就中川口祐弘が被告人島本の共犯として起訴されており従つて同人が被告人島本の事件の審理について必要な知識を有していると認められる竹中工務店関係の訴因については被告人島本が前記の如き行為をなした以前である本年八月一七日既に弁護人から被告人に対する尋問を終了しており、被告人島本が前記の如き行為をなしたのは八月一七日の公判において相被告人川口が被告人島本の供述と相反する供述をなしたためであると認められる。

もとより事件の審判に必要な知識を有する者が法廷で証人等として証言した後刑事訴訟法第九六条第一項第四号所定の行為がなされた場合は同号に該当しないというわけでは必ずしもないが、そのような場合同号によつて保釈を取消しうるのはそのような行為によつて事後の証人等の供述が不当な影響を受けるおそれがある等事件の公正な審理が害される危険がある場合に限られるべきである。

本件については前記の如く事実関係の審理を殆んど終つているばかりでなく、相被告人川口の社会的地位職業、同人の供述と被告人島本の供述との相違点その他本件事案の内容審理の経過等諸般の事情に照すと被告人川口の事後の供述が被告人島本の上記の行動によつて不当な影響を受けるおそれはなく被告人島本の保釈を取消さなければ本件の公正の審理が害されるとは考えられないし、本件の審理上被告人島本の保釈を取消す必要は存在しない。

以上の説明から明らかな如く、刑事訴訟法第九六条第一項第四号は同号所定の行為に対する制裁として保釈の取消を認めた規定でなく事件の公正な審理の必要上保釈の取消を認めた規定であるからたとえその行為がどんなに悪質なものであつてもその事件の審理に必要がなければ保釈の取消は許されず、上記被告人島本の行動が犯罪を構成する場合警察、検察庁において法律に許された方法で捜査訴追手続をなすのは格別、右行動をもつて本件保釈取消の理由となすことはできない。

よつて主文の通り決定する。

(裁判長裁判官 網田覚一 裁判官 石松竹雄 小田健司)

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